partⅡ

 

上杉鷹山VS保科正之の件

 

井沢氏の解説によると上杉家は

『無嗣絶家』により『藩取り潰し』の危機にあったが、

保科氏の温情(←何処が?)により、

かろうじてその窮地を脱した、ということですが

 

120万石(円)から30万石(円)に迄、減俸させられた

「長州」がその怒りを「明治維新!」に

ぶつけたことは、よく知られていますが、

 

もともと、同じ5大老の120万石(円)から

その又半分の、「15万石(円)ぽっち#」にされてしまった

『上杉』は「明治維新!」と云えども、

「その気力、性根、恨みすら、わかせられなかった?」

と言う事ではないでしょうか???

 

必殺!御家御取潰しの術#も、

 遣り過ぎて、不良の(無職)浪人が各地にあふれ、

 幕府もその対策に追われてしまっていた、というのと

 

 領国が東北の内陸部で、外国との密貿易がしにくかった、

 というのが最大の理由でしょうが#)

  

 

その加害者こそ『保科正行』その人です。

 

自分も大名なら、部下の首を切らずに

そう(領地削減)するコトの恐ろしさを、

骨の髄まで、解りきっていたはずです。

 

『毛利』や『上杉』の、部下全員を思う気持ちを

良く解った上での、徳川得意の『横暴、イジメ#』です。

 

8畳の我が部屋が、突如畳1畳にされてしまったのです。

 

 

大体、『保科家』が『上杉家』の領地に横入りし、

譜代大名として居座っていこうと決めたのも、

 

徳川家!家康以来、先祖伝統、伝来!の

『イビリ殺しの術=生かさぬように、殺さぬように。』

そのものではないでしょうか?

 

『領地削減!を、

やらなあかん必要もなく???』

 

『まだその上、半分にする』なんて、(120⇒30⇒15#)

 

少なくとも、謙信以来の上杉家に何らかの思いがあれば、

もうすでに1/4の御家に、更に半額取り上げ!とは、

『あまりと云えばあまりの事!ご無体窮まります#。』

 

 

 

保科正行も譜代大名として

『おりこうさん!』といったところでは。

 

 

当時の武士倫理???からすれば、

「切腹」にしてくれたほうが何倍か

気持ちよく、清々しい、”美しい#”

               死に様ではなかろうか???